人材募集

東京出版サービスセンターで働く

わたしたちに名前はまだない。

〈自由と市場のアポリア〉

38年目からのリスタート

株式会社東京出版サービスセンターは、会社としての創立が1968年10月だから2006年度の会計期で38年目を迎えたことになる。校正にかかわるアウトソーシング企業としては日本では草分けと言っていい老舗である。資本金8500万円、年間売上高10億円(2005年9月実績)、校正者などの登録スタッフ240人。歴史も、実績も、どの指標をとっても、中小企業の多い業界にあっては最上位にあると自負している。

わたしたち登録スタッフ(会員)は自分たちの会社を単に「センター」と愛着をこめて、そう呼んできた。自分で言うのも気恥ずかしいが、わたしたちの多くは「センター」の所属会員であることを誇りに思っている。

そんなわたしたちが、いま、あらたな組織となりうる可能性を求めて、セカンドステージに上ろうとしている。

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先例のないユニークな会員制株式会社

わたしたち会員の多くは同時にセンターの株主である。発行株式数5万6000株、株主総数140人。もっとも多くの株を保有する株主でも400株にすぎない。センターは、できるだけ全員が均等に株を持ち合い、会社を支えていくという理念の下、現に仕事を続ける会員のみが株主の資格を持つ事実上の会員制企業である。そして株主が全員で持株会組織を作り、外部に株を流出させずに自由な譲渡・買収を保証できるようになっている。

株式会社として商法上の取締役を置くが、いずれも1人1票の議決権を持つ会員総会を基盤として取締役候補が選出され、のちに株主総会でその候補が承認される、民主的な代表制をとっている。取締役の報酬は会員に公表される。1人の経理事務員を除いて社員はいない。校正料などの支払額に応じて一定の割合で会員から徴収したマネジメント料によって会社は運営されるが、期末決算前には徴収過剰分のマネジメント料は会員にすべて還元される。会社には利益を残さない仕組みだ。

これらの運営構造をわたしたちは1990年代初めに自分たち自身で、考え、話し合い、作り上げた。日本では先例のないユニークな組織形態であると思っている。

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「いつでも好きなだけ仕事ができる」を目指して

わたしたちは、だれの助けも借りず、だれからも搾取されず、わたしたち自身だけのために組織を作り上げてきた。わたしたちは、主に校正という手段を用いて経済活動を行いながらも、センターを通じて、互いに仲間としての交流を深め、かつそれを喜びともしてきた。自分たちのためだけの組織だからといって、わたしたちは新しい仲間を拒まない。この1991年から2005年末までであたらしく加わった仲間は全会員の3分の2以上を占めている。そしていまもまた、加わりつつある。

わたしたちの組織には、絶対的な強権を振るう独裁者も存在せず、それにへつらう人間も存在しない。上司もいなければ部下もいない。ひとりひとりが自らの責任でセンターに加わり、自由意思でセンターを通じて働き、センターから応分の報酬を受け取る。このことさえ承知していれば、だれもがわたしたちの仲間になることができる。

わたしたちは、自由に生きたいと願う。休みたいときには休み、好きなときに必要に応じて働きたいと願う。しかし、これまでにだれもそれを実現できた者はいない。この日本の市場主義の経済下にあっては、どのような仕事であろうとも、単独で成り立つわけではないからだ。
市場が必要とするときに必要とされるレベルに達した商品だけが流通する。仕事をする側ではなく市場が主人公だ。だからわたしたちはみな、市場の要請に合わせて仕事をするはめになる。気分が乗らないのに、報酬に比しては過重な負担を強いられながら、過小な、あるいは過大な量の仕事を強いられる。

現実は、わたしたちのだれもが願う自由とは大きく隔たっている。

わたしたちがセンターを通して実現しようと目指してきたのは、好きなときに必要な分だけ働くことができる、「自由」だ。

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生き延びる組織と淘汰される会員

言うまでもなく市場の要請は手厳しい。その要請にきちんとこたえることができなければ、わたしたちは経済活動を維持することはできない。1968年の創業以来、センターが業界の先頭を走り続けてこられたのは、市場の要請をこなすことのできる体質を持つ組織だったからだ。

「出入り自由」。センターの特徴を一言で表すとこうなる。会員は自由にセンターに入り、自由にセンターを離れることができるのではない。自分の差し出す労働(商品)が市場の要請レベルに合わなければ、センターから離脱せざるをえないのである。過去幾多の不況の波を、会員の自然淘汰を繰り返しながらセンターは生き延びた。組織は生き延びたのだが、その背後で、時代に乗り遅れた、あるいは加齢による力量減退に見舞われた、数多くの先輩たちが去っていったことも事実だ。

センターはいっさいの保証をしない。そのことは現在でも変わらない。株式会社東京出版サービスセンターは、ある意味では冷徹な市場機能そのものとさえ言える。センターは外部から寄せられるそのときどきの注文に合致する条件の会員だけを釣り上げる。そうしなければ市場の信頼を得ることができない。優勝劣敗の原則がいつも厳しく適用される。それ以外の組織内の位置、つまり会員歴の長さや持ち株数の多さは考慮されることがない。

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自由な組織であるがゆえのアポリア

自分たちで作った、自分たちのための組織でありながら、当のセンターが自分を裏切り続けていく。センター会員の多くは株主だが、スタッフとして登録する際に株主になることを強要されるわけではない。株主なのに仕事の少ない会員と、株主ではないのに潤沢に仕事が配分される会員とが出てくる。そこで、株主には仕事の保証がなされるべきだ、仕事の配分が優先されるべきだ、という議論がたびたび巻き起こる。しかし、優勝劣敗の原則を崩せば、とたんにセンターの持つ市場機能は薄まってしまう。外部の市場そのものもまた、センターに対する評価を落としていくことは避けられないだろう。

自由な組織であるがゆえのアポリア。これまでわたしたちは、そのことを永遠に避けがたい桎梏のように思いなしてきた。校正という手段が、そのときどきの都合によって、クライアントから気まぐれのように供給されるしかないものであるがゆえに。

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校正の困難こそが希望のきざし

もし校正という仕事が一変したら、恣意的に発生するような仕事でなかったら。たとえばメンテナンスのような中長期的な展開がなされるのなら、あるいは力量差が比較できる単一の技術ではなくさまざまな役割を分担し合うような作業なら、きっとわたしたちのアポリアにも一筋の光明が差し込むにちがいない。

そんな変化のきざしがじつは、生まれかけている。校正がとても困難になっているのだ。校正を専門とする多くの人たちが校正モレを防げずに、さまざまな事故を引き起こしている。印刷された文字が正しいものかどうかをチェックする、校正という単一の技術だけでは対応しきれない事態が起きている。

わたしたちの校正は変わらなければならない。校正者だけではなく、たとえばコンピューターのプログラマーやデザイナー、編集者といった多彩な人材をも含む、複合プロジェクトとして問題を解決していくことも必要になってくるだろう。校正者自身もまた、結果として出力された文字のみを対象にするのではなく、それらの結果が生まれる経緯にまでも目を行き届かせる考え方が必要になってくるだろう。

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市場への価値依存から自分たちの価値創造へ

わたしたちは、校正という商品をもっと広範囲な問題解決法として組み立て直すことを要請されているのだ。校正という商品が一新されたとき、わたしたち自身は同質な校正者の集団ではなくなっているにちがいない。

わたしたちはこれまでのように、いわば個々に裸で市場と向き合い、勝手気ままに裁断されるだけでなく、わたしたちの手で価値を作り上げる内部を持ち、その価値を手にして市場に対することができるだろう。わたしたちだけの価値序列を有することは、市場の厳しさを緩和することにもつながっていくだろう。

そうした試みに向けて、わたしたちは創立38年目にして、このセンターをあたらしい課題を負ったセカンドステージと位置づける。単一商品の受注企業に終わることなく、恣意的な市場だけに左右されない、自ら需要を作り上げることのできるセンター。そのとき、わたしたちは「好きなときに必要な分だけ働くことができる」仕組みを作り上げることができているかもしれない。わたしたち自身を裏切ることのない組織を作り上げることができるかもしれない。そのとき「自由」はきっと、これまでとは違った色合いをもって浮かび上がるだろう。

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仮称・自由組織東京出版サービスセンター

仮称・自由組織東京出版サービスセンター全体概念図こんなわたしたちだが、自分を言い表す言葉は、じつはまだ生まれていない。株式会社東京出版サービスセンターはあくまで、会員に仕事を供給するためだけの機能であり、わたしたちの組織全体からみれば、重要ではあるが、一部分にすぎない。わたしたちが自身を表す適切な言葉を持たないのは、目指すものの具体像がまだわたしたちの視野に入ってこないからでもある。

わたしたちはいま、自らを「仮称・自由組織東京出版サービスセンター」と呼ぶ。いつ仮称が取れるのか、あるいはまったく違った名称を冠することになるのか。自分の名前を誇りをもって名乗れるようになるのはきっと、わたしたちに、たくさんのあたらしい血が注がれてからのことになるだろう。

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